世界的に見て、公共交通機関で日常的に、これだけの数の性暴力が頻発している国はめずらしいのです。最近ではイギリスでも電車が混み合い痴漢事件が多発しており、訓練された専門チームがその対策に奮闘しているようです。日本では古くから痴漢が社会問題とされているにもかかわらず、ほとんど対策が取られていません。
日本では長らく、性犯罪加害者の再犯防止対策も遅れをとっていました。刑務所にいる性犯罪受刑者にニ度と罪をくり返させないためのプログラムを受けさせる制度がスタートしたのは、2006年。前年に起きた「奈良小1女児殺害事件」を受けてのことでした。残忍な方法で幼い命を奪い、その死をも冒涜した犯人が、過去にも児童への強制わいせつで前科があることがわかったため、当時の小泉内閣がプログラムの整備を急いだのです。そのプログラムが妥当かどうかは追ってお話しします。
プログラム作成にあたって、刑務所はカナダのプログラムを参照し、保護観察所はイギリスのそれを参照しました。とちらも性犯罪の再犯防止においては先進国です。けれど当時の関係者らはそのとき、気づいてしまったのです。両国のプログラムに「痴漢」についての記述がほとんど見当たらないことに。
再犯防止の先進国ということは、それだけ性暴力の問題が深刻化していたことを示します。それは主に強姦であり、そこから殺人に発展することも少なくなく、ゆえに強姦や強制わいせつの罪を犯した人物の再犯防止についてはたいへんよく考えられていました。が、「公共の場で見知らぬ女性に対して許可なく性的接触をする」・・・つまり痴漢に相当する事例が当時はまったく採り上げられていなかったのです。
ではその後年以上の月日を経て、日本で痴漢についてのまとまった研究が進んだかというと、残念ながらノーといわざるをえません。というのも、痴漢に関する専門書がいまだ1冊も出ていないのです。全国各地で毎日のように多くの被害者を出している犯罪について研究がされていない。それだけの性犯罪が、まったく重要視されていないのです。結果、今日という日も多くの痴漢が野放しになっています。
その背景には、痴漢による被害への軽視があります。痴漢被害について「お尻を触られたぐらいで」「いちいち騒ぐことではない」「減るもんじゃない」などという言説をよく見聞きします。どれも、極めて不合理な考えか見てとれます。なぜなら、被害の深刻度は第三者が判断するものではないからです。公共交通機関に乗っているだけで見知らぬ誰かから性的接触をされることは、それだけで恐怖です。身体の安全領域に同意なく侵入してくるのだから当然です。
痴漢被害が原因となって電車に乗れなくなった、通学や通勤ができなくなった、失職した、社会生活を送ることが困難になったという女性は、表に出てこないだけで大勢います。社会が痴漢の被害を「ぐらい」で済ませるとして、喜ぶのは誰でしょう?それは、痴漢当人にほかなりません。当サイトでは、今後も痴漢の事例を収集して公開することで、痴漢の被害の実態を世間に認知してもらえるよう努めてまいります。